特別対談「桐野夏生×恩田陸 三面記事から物語がはじまる」──「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」より一部公開!

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特別対談「桐野夏生×恩田陸 三面記事から物語がはじまる」──「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」より一部公開!

この度刊行した恩田陸最新長編『灰の劇場』と同時発売のKAWADEムック「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」から、人気作家二人の特別対談「桐野夏生×恩田陸 三面記事から物語がはじまる」を一部転載します。
良いタイトルとは何か、「物語」はどのようなきっかけで作り始められるのか、お二人の小説執筆の裏側を垣間見ることのできる貴重な機会です。『灰の劇場』を読む前でも、読んだ後でも二度三度と楽しめる内容ですので、少しだけご紹介いたします。

 

 ***

 

良いタイトルが、良い小説を作る

 

恩田 今日は本当に聞きたいことがたくさんあって。以前、桐野さんが新聞小説の連載を始める際、連載開始一ヶ月前なのに小説のタイトルがまだ何も決まっていないというお話を聞いたことがあるんです。

桐野 それって『魂萌え!』のときかな、『だから荒野』のときかな?

恩田 たしか『魂萌え!』だったんじゃないかなぁ。桐野さんでもそんなギリギリのことがあるなんて驚きました。

桐野 はい、私はいつもギリギリです。新聞連載でも明後日分の原稿をまだ書き上げてないこともあります。結構ね、危ない綱渡りをたくさんしているんですよ(笑)。

恩田 同じ作家として、それは心強くもあります。あの時は、桐野さんでもそんなギリギリの進行なんだと知れて、すごく嬉しかった(笑)。

桐野 そうそう、タイトルでいえば、恩田さんの書く小説はいつもタイトルが上手だなと感心しています。『蜜蜂と遠雷』はタイトルが先にできた小説ですか?

恩田 タイトルが先です。

桐野 自分でも良いタイトルだと思うと、筆が乗るでしょう。

恩田 そうですね。「このタイトルしかない!」と思えると、落ち着くというか、安心します。小説の看板ができたというか。

桐野 やっぱりそうか。看板ができた後は、そこにいろいろ盛り込んでいくみたいな。

恩田 私も桐野さんに今日はタイトルのことについても聞きたいと思っていたんですよ。桐野さんの小説は、いつもタイトルが独特ですよね? たとえば『メタボラ』とか『柔らかな頬』とか。『魂萌え!』も発表直後はすごく話題になりました。

桐野 『魂萌え!』はなかなか決まりませんでした。

恩田 タイトルは、いつも小説を書いた後から決めるものですか?

桐野 ほとんどの小説は執筆前に決めています。私も恩田さんと同じでタイトルが決まらないと、なかなか書けなくて。

恩田 そうですよね。

桐野 今まででいちばん決まらなくて、ズルズルと悩んだのが『水の眠り 灰の夢』でした。

恩田 最新作の『日没』も、相変わらず攻めていますよね。

桐野 ありがとうございます。16年くらいかけて、ようやく書き上げました。

恩田 『日没』の最初の思いつきじゃないですけど、書かれたきっかけは?

桐野 もともと収容所を舞台にした作品が好きなんです。で、しかも今ちょうどきな臭いというか、世の中全体の締め付けがきつくなっているような感じじゃないですか、出版の世界も嫌な雰囲気になってきたし。私の場合、実際の事件を扱ったり、激しいテーマの作品を書いていたりしているから、もし『日没』の世界のようにそれを不快に思う読者から告発

されたら、いちばんにやり玉にあがるんじゃないかと思って書き始めました。

恩田 主人公のマッツ夢井が収容所で味わう食事のショボさなんて、すごくリアルに感じました。

 

「タイトル買い」したくなるようなものを

 

恩田 今、桐野さんが連載している作品もタイトルが先行して始まったものですか?

桐野 そうですね。一つは「週刊朝日」で連載している『砂に埋れる犬』ですが、これは母親から虐待を受けた少年が、性的に怪物になっていく話です。少年はお母さんのことが憎くて憎くて仕方なくて、段々と女を馬鹿にするようになっていく。でも、性的な妄想や好奇心も強くて、学校の同じ暮らす女の子にものすごく拘泥しているの。書いていく中で、少年の性的な妄想がよくわからなくて、担当の男性編集者に「男の子は、こんな妄想で勃起するんですか?」とか「夢精っていつするんですか?」とかいろいろ聞きました(笑)。

恩田 (笑)。

桐野 書くために、いちいち聞いているわけですよ(笑)。13歳くらいの男の子の性的な妄想がどんなものかわからないから。もう一つは、みんなからタイトルが暗いと言われる、「小説すばる」で連載している『つばめは戻ってこない』。これは生殖の話です。ある女の子が代理母になったはいいけど、依頼主の男性とは別の男性二人とも関係を持ってしまい、生まれてくる子供が誰の子かわからなくなる話。あと最近、書き上げたのは『インドラネット』です。「野性時代」で連載していたもので、若い男の子が親友の行方を探しにカンボジアに行って……というような話。これもなかなかタイトルが決まらなかったけど、宮沢賢治が西方を描いた『インドラの網』になぞらえて、『インドラネット』にしました。恩田さんは私みたいにタイトルで迷うなんてことはなさそうですね。

恩田 私はわりと普段から、タイトルを考えるのが好きなんですよ。結構楽しいですよ。パッと見栄えするいいタイトルがないかなって考えるのは。

桐野 それ面白い。私もやろう。短編とかだったら、私も時々考えているんだけど……やっぱり日頃から考えておいたほうが良さそうですね。

恩田 書くわけじゃないけど、なにかいいタイトルがないかなって。『灰の劇場』もタイトルを先に考えました。

桐野 思い付いたタイトルは、何かに書き留めておくんですか?

恩田 はい、いつもノートに書いていますし、その中にはまだ書いていないものも色々あります。

桐野 読んでみたい。というか、そのノートを盗みたい(笑)。

恩田 (笑)。私と桐野さんでは、小説の芸風が違うので。私が良いと思ったタイトルは、桐野さんが書くものとはまた違う気もします。

桐野 なるほど。それはそうかもしれませんね。

恩田 作家の中には、タイトルを先に考えるのが苦手という人もいるじゃないですか。登場人物が決まってから、筆が進むって人もいますし。

桐野 ただタイトルって、その小説のコンセプトですから。全体のトーンを決めてしまうものだから、ものすごく大事ですよね。

恩田 そうですね。でも、新人賞の選考委員をしていると、中には本当にタイトルがひどいものも見かけるじゃないですか。ちゃんと真剣に考えているのかと。

桐野 下手な人はいますよね。

恩田 作品の大部分を決定するものなんだから、もうちょっと考えようよって思いますね。あと、良いタイトルをつけられないのは、たぶん自分の小説を把握できていないということだとも思います。それも含めて、もうちょっと考えてほしいです。

桐野 先に話を書き進めてから、どこかでタイトルを考えているんでしょうね。

恩田 ジャケ買いじゃないけど、「タイトル買い」したくなるようなものを考えてほしい。最近は映画のタイトルでも、良いものは少ないですよね。

桐野 洋画の邦題は特にひどい。タイトルで見る気をなくしてしまうものさえあります。

恩田 でも、ハリウッド側も邦題に口出しする権利はないみたいですね。

 

「実際の事件」から小説は生まれるのか?

 

――桐野さんの代表作『グロテスク』と、恩田さんの最新刊『灰の劇場』は実際の

事件や人物をモデルにした小説です。まだ読まれていない方のために説明すると、前者は1997年に起きた「東電OL殺人事件」がモデル。後者は1994年当時、まだ小説家として駆け出しだった恩田さんが新聞の三面記事から偶然見つけた女性二人による川への飛び降り事故をモデルとしています。桐野さんと恩田さんが、なぜ「実際の事件」を小説にするのか気になりました。

 

恩田 先日、神奈川県の座間で九人の男女を殺害したとされる男性の死刑判決が報道されたじゃないですか。事件が明るみになったとき、ある作家が「この事件は書く気がしない」って言っていたそうなんです。「犯人の男のことがよくわからないから」というのが理由みたいです。

桐野 事件によっては、書く動機となるフックが見つからない場合もありますよね。

恩田 はい。

桐野 私の場合、たとえば関係者が病気だったりすると書きにくい。それって際どいところが結構あるでしょう。『グロテスク』のときも最初、調べれば調べるほど書きにくくなったんです。「東電OL殺人事件」が報道されたときのマスコミとか、男の人の事件に対する反応が異常だったので。被害者の女性が昼は東京電力のエリートOL、総合職として働き、夜は娼婦をやっていたことに、みんな発情していた。

恩田 本当に大喜びしていた印象は強いですね。

桐野 当時は義憤にかられていたというと大げさだけど、ちょっと彼女に対して、世間と違う見方をしたほうがいいんじゃないかと思いました。彼女は夜に開放されていたんじゃないか、むしろすごくハードボイルドに生きた人なんじゃないかって。はじめは悲劇じゃなくて、ポジティブに捉えようと思って書き始めました。ただ、調べれば調べるほど痛ましい事件でつらかったですね。

恩田 わりと女の人にとって、どこか他人事とは思えない事件でもありましたよね。

桐野 今年でいえば、私はやっぱりコロナ関係が気にはなっているけど、恩田さんはどうでしたか?

恩田 今年ではないんですが、去年、予備校のカリスマ英語教師だった金ピカ先生が亡くなったじゃないですか。晩年はひっそりとした安アパートに住んでいて、亡くなっているところをデイケアセンターの職員さんに発見されたという。

桐野 ありましたね。

恩田 そんな三面記事から小説が始まることがありますよね。まさに『灰の劇場』はそういう話なんですけど。

桐野 それを今日伺いたかったんですが、なぜこの事件が恩田さんの心に刺さったのか、心の棘になるのかわからないというところから小説が始まるのが、ものすごく興味深くて。別に恩田さんは事件の事実関係を解明しようとして書いているわけではないじゃないですか。何が自分にとっての引っかかりなのか、その心の棘を解明しているようなものですよね。

恩田 そうですね、本当になんで引っかかっているのかを知りたくて書きはじめたのが『灰の劇場』です。

桐野 二人の女性の物語と同時に、恩田さんが自らの中に生まれた「なぜ、この記事が引っ掛かっているのか」という問いに迫るその過程がすごく面白かったです。小説に登場する記事は実際にご覧になれたんですか?

恩田 見つかりました。担当編集者が探してくれて。小説でも書いたように二人の女性の年齢が、自分が思っていた年齢とぜんぜん違っていたことに驚きました。最初は60歳くらいの年配の女性二人だと思っていたけど、いざ記事を見ると44歳と45歳の女性でした。

桐野 記事を見つけた当時の恩田さんは20代だったんですか?

恩田 ギリギリ20代でした。これが実際の記事のコピーです。

 

〝今年四月二十九日に西多摩郡奥多摩町の北氷川橋(高さ二十六メートル)から日原川に飛び降りて死亡した二人の女性の身元は、二十四日までの青梅署の調べで、大田区のマンションに同居していたAさん(四五)、Bさん(四四)と分かった。二人は都内の私大時代の同級生だった。〟

 

恩田 小説を書いた後も、なんで60代だとずっと勘違いしていたのか、なんでこんなにも印象に残っているのか、明確な答えは出ていません。

桐野 事件を調べていくうちにわかったことはあるんですか?

恩田 いや、何もありませんでした。それこそ探偵でも雇えば調べられるかもしれないですけど。

桐野 別に真実が知りたいわけじゃないですもんね。自分の心の棘がなにかを知りたいだけであって。でも、それがこうして一冊の本になったのは不思議ですね。

恩田 本当に。何がきっかけになるかわかりません。

(続く)

***

この後も、小説『灰の劇場』のテーマである「事実に基づく物語」について、そして作家ならではの悩みなど、本書でしか読むことのできないエピソードが満載です。 続きはぜひKAWADEムック「文藝別冊 恩田陸 白の劇場」でお楽しみください!

 

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著者

恩田陸

おんだ・りく
1964年、宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞、17年『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞、本屋大賞を受賞。著書多数。

桐野夏生

きりの・なつお
51年生まれ。作家。93年「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞受賞。99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、『ナニカアル』で10年、11年に島清恋愛文学賞と読売文学賞の二賞を受賞。15年、紫綬褒章を受章。

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