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【試し読み連載決定!!】第1章『シングルファーザーの年下彼氏の 子ども2人と格闘しまくって考えた 「家族とは何なのか問題」のこと』

さびしさが消えた世界で

 さびしさって何だろう?
 離婚してから、そもそも、自分はつくづく結婚というものに興味がなく、適性もなかったのだなあという思いを度々噛み締めた。「約束」のある関係性にも興味がなかったし、将来の保証のために今を我慢すること、相手を思いやって、たった一人のパートナーとして死ぬまでいっしょにいるために、関係を維持・強化していく努力などを1ミリもしなかった。
 嫌になったら離れればいいだけ、と思って、離婚するときも実際にそうしただけだった。
 離婚後、結婚していて、子どもがいる男の人と仲良くなった。恋愛のような気持ちを感じていた。その人は、奥さんのことは家族として、子どもの親として必要な存在であると言っていた。
 彼と付き合うためには、その人の許可がいるように私は思った。もしくは離婚して状況をクリアにすることが。それを伝えると、その人はそんなことを言わずに秘密にして付き合い続けよう、とは言わずに、家族とも折り合いをつけようと話をしてくれたようであった。
 しかし、結局この恋愛はうまくいかなかった。私より、「常識的」な彼や彼のパートナーのほうが、この世の中ではずっとまともなのだろうと思う。だったら「奧さんには秘密にして付き合おうね」と言ってあげたほうがよほど親切だった(いや、むしろそんなことは言うまでもなく、常識なんだろう)。正直でありたいという私のわがままのために、私の好きだった人や、その人をかつて好きでいてくれた女の人までをも傷つけてしまった。「家族」という容れ物に亀裂を残してしまった。
 いや、自分が原因だなんていうのはあまりにも思い上がりなのかもしれない。彼だって私の言いなりになる生きた人形ではないし、私はたまたまその家族の問題を可視化させる存在にすぎなかったのかもしれないけど。
 失恋の果て、他人を傷つけ尽くすことと引き換えに、自分のあばら骨も折れ尽くした気がした。彼の不在や、その人を失ったという自分の状況にさびしさを感じるかと思ったけれど、逆で、「さびしい」と感じる器官自体が身体から消え去ったように感じた。

 20代の頃、恋愛とセックスは自分にとってかなり重要なトピックスだった。それは幸福感や生きている実感、あるいは自分の存在価値ともダイレクトにつながっていたし、それゆえに振り回されて苦しく感じることも多かった。
 けれどもしかしたら、恋愛のない世界のほうが、私にとって生きやすい世界なのかもしれない。そんなことは今まで考えたこともなかったけれど(だって恋愛はいつだってしてしまうものなのだから)、不思議としっくりきた。
 これが自分本来の姿であるようにも思えた。
 そんなふうにして、私はさびしさのない世界を生きていた。
 Tさんが目の前に現れたのは、そんな日々に慣れ、何不自由なくぬくぬくと自分らしい生き方をしている最中のことだった。

 

「付き合う」がわからない

「付き合ってください」
 ちょっとふざけてるのかな、と思うくらいにまじめな顔でその人は言った。
 恋愛と無縁の世界をしばらく生きていたので、遠い記憶の中から、こんなときはどういう顔をしたらいいのだったか、どう答えるのがいいのだったか、脳内をぐるっと検索したが特に役立つ情報はなかった。ので、そのままを聞いてしまう展開になった。
「あの、付き合うってどういうことですか?」

 告白者(?)であるTさんは、職場である本屋の常連のひとりだった。店で扱っていないような新刊のコミックを月に何十冊も取り寄せ注文する人で、たびたび顔を合わせるうちに言葉を交わすようになり、徐々に親しくなり、ついには飲みに行くことになった。
 こんなに新刊をたくさん買う、しかも電子書籍やアマゾンを使わないって、どういう人なんだろう? まさか漫画家? いや、そのアシスタント? と思ったが、もしかして、と思って聞いてみるとただの漫画好きなだけだった。
 代わりに話せば話すほど驚きの個人情報が次々と出てくるのだった。

 その1。服装や見た目の若さから20代前半くらいなのかなと思っていたけれど、実際には31歳。まあこれは誤差の範囲か。
 その2。小学生のときに自らの意思で実の親元を離れ、祖母の家で生活していたという。引きこもりや不登校をこなす一方、中学生のときから新聞配達のアルバイトをしてハガキ職人をしていた。投稿先は深夜ラジオや雑誌「SPA!」内のコーナー「バカはサイレンで泣く」。私はラジオは詳しくなかったが、天久聖一あまひさまさかずさんやせきしろさんが好きで「バカサイ」はよく読んでいたので、話が盛り上がった。
 その3。実はシングルファーザーである。子どもは小学校5年生と2年生の男の子2人。産みの母親とは子どもが5歳・2歳のときに離婚している。

「いろいろと大変だったんですね。でも、シングルファーザーか。すごいなあ」
「うーん、大変だったかもしれないし、いろんな人からかわいそうだと言われたり偉いと言われたりするんですが、でも普通、というか。だってその立場になったら、そうする以外にないでしょ?」
 そう言われると、すごい、と言ってしまった自分が恥ずかしかったけれど、いや、でもやっぱりすごいよな、と思う。シングルマザーは現実的にあちこちで見聞きしていて、伝聞とはいえ多少存在に慣れているのだけど、シングルファーザーは情報がなさすぎて、どんなものなのかわからない。
「若くしてひとりで子育てに追われていた……ということですよね。まわりの同い年の人が遊んでいる年齢のときにひとりで子どもを育てなきゃいけないっていうのは、つらかったですか? 青春を謳歌できなかった、というような気持ちがあるものですか?」
「ないですねえ。僕の場合はずっと学校にもなじめずに、ラジオ投稿と漫画だけが世の中との接点で。夕方になるとおばあちゃんが声をかけてくれて、買い物のついでにモスバーガーを買ってきてくれるんですが、高校を卒業するまでは、モスバーガーを自分ひとりで買うことすら思いつかなかったんですよ。
 子どもができたことで結果的に無理やり社会に出ていかなきゃならなくなったし、同じ保育園のお母さんたちとか、人とコミュニケーションが取れるようになって。子どもがいなかったら生きる意味も特に感じられなくて、どっかで死んでたんじゃないかなあと思いますね。子どもがいたから生きる理由ができたというか」
 えっ、と驚くふりはしてみたものの、ほんとうにそんな感じだったのかもしれないなあ、と妙に納得がいった。
 そして、子育てをしたことのない自分にはわからないけど、シングルファーザーといっても人生の全てを子育てが占めているわけではないらしい。当たり前に、ひとりの人間として生きているのだ。でも、普通に妻がいて子どもがいる男の人たちとはずいぶん違って見える。彼らの子育てへの参加が少なすぎる、とか、そんなことを言いたいわけじゃないけど、でもやっぱり男の人が1人で子どもを2人育てるということが実感としてよくわからない。土日まで丸ごといつも子どもと過ごさなくてはならない毎日。面倒くさいから外食で済ませようとしても、「ここはやだ」「これは食べたくない」「〇〇がいい」と子どもが反対してきて何を食べるか決まらずに途方にくれるという平日の夜のこと。
「でも、11歳と8歳だったら……もうそろそろ、いつもいっしょにいないといけないという時期も終わりなんじゃないですか」
「うん。それがうれしいようでもあり。やっと解放されて、好きなことができるような。反面、さみしいような気もして」
「自由になったら何がしたいとか、ありますか」
「グルメ紀行」
「は?」
「世の中にはおいしいものとかたくさんあるんだろうと思うんだけど、さっきも言ったとおり、子どもの意見を聞いてると、結局ファミレスとかハンバーガーとか、そういうのになっちゃうんですよ。多分世の中にはおいしいものがいろいろあるんでしょ? ふぐとか、キャビアとか」
 べつにどっちもそんなにおいしいってほどじゃないですよ、と言いそうになって口をつぐんだ。そんな、絵に描いたような高級な食材に憧れるほど、遠い世界なのだなあ。20歳から子育てして、職場と保育園と家の往復ばかりだったら、そんなたいしたことないような食べ物も遠くに輝いてみえるのか。
 どんな世界を生きているんだろう。
「花田さんは今は彼氏はいないんですか?」
「え? そうですね、しばらくいないです」
 Tさんの話法は単刀直入だなあと思う。そういえば店で話してるときもそうだった。
「さみしいと思うことないですか? 僕も1年前くらい彼女がいて、別れたけど、すごくさびしくて」
「子どもがいるのにさびしいと思うんですか?」
「子どもしかいないから、さびしい」
 私は、自分のこれまでの話を少しした。結婚している人と恋愛したのち、今は恋愛にもあまり興味がないし、さびしさもよくわからないし、結婚にも興味がないこと。孤独や自由が自分の本来の性分であるような気がすること。話が通じるような気もしたし、わかってもらえなくてもべつにいいと思っていた。
 聞き終わると、Tさんは背筋を伸ばして宣言するように言った。
「僕は大丈夫ですよ。何しろ結婚してないですから、そんなふうに花田さんを傷つける心配はありませんから!」
 ん?
 噛み合ってますか? この会話。と思うが、もしかしたら噛み合ってるのかもしれない。
 どこかはるか遠くの地球の裏側くらいで。
 なんだかよくわからない人だったが不思議な安心感に引き込まれ、ずいぶん遅くまで話し込んだ。ひさしぶりに男の人に興味を持っているなあ、と他人事ひとごとのように感じていたけど、だからどうしようということもなかった。べつに何も変わらなくてよかった。

 

 が、しかしTさんのほうではそうは思わなかったようである。Tさんの残業帰りに待ち合わせて軽く飲んだ帰り道で突然Tさんから告白された。
 いや、突然ということはないか。たしかにそうなってもおかしくないくらいに親しくなっていたし、こんなふうに何回か飲みに行ったりしていた。
「付き合ってください」
「……あの、付き合うってどういうことですか?」
「あれ?」
 Tさんはちょっと困りながら次の言葉を探した。
「あ、あんまりちゃんと考えてませんでした、すいません、いい雰囲気なのかなー、と思ってたの僕だけで、そういう感じじゃなかったですか?」
「いや、違うんです。いい雰囲気? いい雰囲気ですよ! 多分! いっしょにいると楽しいし、また会いたいなー、って思います。でも私、そういうことがあまりよくわからなくなってしまっていて」
「僕はもともとよくわかってないです、こういう経験があまりなくて……。なんか的外れなことしちゃってるみたいだったらすみません」
「いや、それは合ってる気がするんですが! 何かこう……1対1っていう約束をするということですか? 私、そういうことが苦手かもしれないです。契約みたいなことをすることが」
「うーん、よくわかんないけど、花田さんが嫌だって思うんだったらやめときましょう」
「お?」
 そう簡単に引き下がられると、あ、ちょっと待って、と思う。なんなんだ自分。我ながら面倒だ。
「あの、Tさん、そこまで考えてないかもですけど、前も話したように、あんまり結婚とかしたいと思ってなくて。だから再婚したいって考えてるんだったら、じゃまになっちゃうので申し訳ないです。あと、Tさんが他の女の人と仲良くすることを制限したりするのも嫌なんです。だからTさんが考える、付き合う、って、どういう意味のことですか?」
「あんまり難しいこと考えてないです。結婚は、今のところ僕もべつにしなくていいかなって感じです。っていうか基本的に無理だろ、って思うし。子ども2人もいて……。今日みたいに仕事の帰りにちょっと飲んだり、ときどき家に遊びに行かせてもらったり、そういうのが当たり前のことみたいに続いたらなあ、っていうだけです」
「それだけでいいんですか? じゃあ付き合うってことでいいと思います」
「ほんとですか? やったー」
 こうして、Tさん、あらため〈トン〉と付き合うことになった。
 しかし、付き合うといっても、私は土日は基本的に朝から夜まで仕事だし、平日はトンが仕事だ。そして仮に私が土日に休みを取ったとしてもトンは土日はいつも子どもと過ごしているらしいので、今までどおりたまに残業の日に夜遅くから会うか、子どもたちが寝た後に近所の居酒屋か私の家で会うくらいしかない。
 トンには週1くらいで残業の日があり、その日は仲良くしている近所のおばあちゃんが夕飯や寝かしつけの面倒を見てくれているので、1週間のうち、その夜だけが自分の時間だという。下の子はまだ寝かしつけが必要で、ひとりでは寝られないらしい。改めて、ひとりで育てるってほんとうに大変だなあ、と思う。
 同時にかつての交際相手たちとの自由なデートやら旅行やらが思い出され、あんまり自由がきかないって正直つまんないな、早く子どもが手が離れればいいのにな、とさっそく思ったりもしていた。

未知との遭遇

 そんなある日、仕事から帰ると家の電気が止められていた。支払いを忘れていたらしい。トンに連絡して、夜中2人でトンの家の近くの銭湯に行った。そのあと近くの居酒屋で軽く飲んで、さてそろそろ帰ろうか、と言うと、どうしてもちょっとだけ家に寄って行ってほしいと言われ、何度断っても引き下がらない。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「電気の止まってる家に帰るのは心配だから!」
「うちの猫がとにかくかわいいから!」
「一杯飲んだら帰っていいから!」
 悪質な客引きのような勧誘だ。仕方ないのでついていくと今度は今日だけは泊まっていってほしいという。
「子どもがいる家でそういうことはできないよ」
「いや、わかってる、そういうんじゃなくてね」
「だいたい寝るところがないでしょ。どこで寝るの? ソファも2人で寝るっていうには狭そうだし」
「あっちに2段ベッドがあって、子どもたちを両方上の段に載せるから下の段で2人で寝ようよ」
「は? 無理だよ。子どもたちと会うわけにはいかないし。帰るよ」
「待って! 待って! ほら、歯ブラシ、お客さん用のあった」
「いや、歯ブラシはわかったけど」
 と、この押し問答が若干面倒になってきたのと眠くなってきたので、もうなんだかわからないけど、いいか、という気持ちになってきた。
 寝室に入ると2人の男の子が寝ていた。子ども。なまの子ども。そんなもの、見たことはいくらでもあるのに、はじめて見る生きもののように生々しかった。タオルケットから腕が出ている。ほっぺたのあたりがつるつる。うぶ毛が生えてる。
 とりあえず「かわいいね」と言ってみたが、実際のところはよくわからなかった。
 そして何十年かぶりに2段ベッドで寝た。大人2人では少し狭くて、慣れない場所ということもあってずっと眠りが浅かった。うとうとしているうちに明るくなり、上段から人が起きるような気配がした。あ、しまった。子どもが起きる前に帰ろうと思ってたのに。
 と思うのと同時に、物音に気づいたトンが先回りしてベッドから出た。上のほうで話している。
「おはよ、今日さ、お客さん来てるんだよ」
「は? 誰」
「花田さん」
「だから誰」
 子どもの足がはしごから降りて来て、ベッドの下段、すなわち私がいるところを覗き込む。起きてる姿を見るのははじめてだ。こんなファーストコンタクトってどうなのだろうかと思いつつ、寝たままの状態で、とりあえず、
「あ、どうも……おはようございます」と挨拶する。
「……?」
 どういうこと? という目でトンを見ている。
「ほら、挨拶しなさいよ」
「……?」
 いや、絶句する子どもの対応のほうが正しいと思う、さすがに、と思っていると、もうひとりも起きて来て、
「なになに?」としゃべりだした。
「お客さん」
「はっ? はっ?」
「花田さんです。家の電気が止められちゃって困ってるから泊めてあげたの」
「あ、花田です、おじゃましてます……」
 もうひとりの子も何がなんだかわからない、という様子で私を見たりトンを見たりしている。
「こっちが下の子でマルね。で、さっきのがミナト」
「マルちゃん……はじめまして」
「……?」
 無理もない。
 そのまま帰る準備を手短にととのえ、リビングにいる2人にもう一度声をかけた。
「おじゃましましたー……」
 上の子は私が視界に入っているような入っていないような、無視しているわけではないがたまたま聞こえなかった、という反応を全力でしていた。下の子は近所の駅前に現れたゴジラを見るような目でひたすらこちらを凝視していた。

 家を飛び出してからも、しばらくあの子たちのことを考えていた。トンに流されてなんとなく泊まってしまったが、もしかしたら子どもたちにとんでもないことをしてしまったのではないか。嫌な気持ちにさせてしまったのではないか。
 あの子たちは、どんな生きものなんだろう。何を考えて、どう生きているのだろうか。

 2人にとって、自分の父親に「彼女」がいるってどういうことなんだろうか。11歳と8歳がどういうものかはわからないけど、父親を取られるような気がして嫌なんじゃないか。あるいは調和している家族のじゃまをするもの。もしくは母親に対する裏切り行為のように感じたりとか。
 とにかく彼らをおびやかしたくはない。
 けれど、あの2人がどんな生きものなのかをまったく想像することができない。まるで宇宙人みたいで、仲良くなろうにも何の手がかりもない。

 仲良くなれるのかな。仲良くなれたら、楽しいだろうな。みんなでどこか行ったりして。なんかそれ家族みたいじゃん。でも、そんなことをしていいのだろうか? それって、「お母さん」になる覚悟もない人が迂闊にやっていいことなのかな。いや、なんで突然「お母さんになる覚悟」をおのれに問う展開になってるんだ。今の時点で、べつにそれ誰も求めてないか。でも、でも、親とも子とも仲良くなっていったら、いずれはその話につながるよね?

 この問題は、多くのひとり親、その子ども、その人と交際しようとする人や結婚しようという人にとって決して些末ではない問題のはずだ。親の恋愛と子どもの気持ちとみんなの生活のこと。
 どういう心がまえでいればいいものなのか、基本がまったくわからない。ちまた流布るふする「恋愛テク」みたいに「血のつながらない子どもテク」がどこかにあるのか。いや、「サラダ取り分ける」みたいなクソダサいテクの子どもバージョンを子どもにやって、媚びて好かれようとしても仕方ないのだが、とにかく情報がなさすぎる。
『すぐわかる! はじめてシングルファーザーと付き合う人の心がまえ』みたいな本があるのか? あるわけないか。
 ダメ元でためしにアマゾンの本のページで検索してみたが、驚くほど何も出てこない。
「シングルファーザー 交際」ではゼロ。
 そもそも「シングルファーザー」でも、子連れ離婚や片親の本がわずかにヒットするのみ。
 本の世界は、自分が知らないだけであらゆるジャンルが網羅されているのでは、と思っていたのだけど、そうでもないらしい。
 検索ワードが違うのかな?
 恋愛しかり仕事しかり人間関係しかり、迷ったらすぐにその手の本を片っ端から読み漁り、ケーススタディーの知識量をとにかく増やすことでだいたいの全体像を把握して生きてきた自分としては、途方にくれてしまう。
 シングルマザーの本はわりと多く出ているし、そもそも子連れ離婚&再婚は増えているはずだけど、やはり母親が子どもを連れて行くパターンが一般的なんだろう。
 自分としては、血のつながらない子どもに接するときの心がまえとかをシンプルに知りたいだけなのに……。ツイッターなどに断片的な情報はあるものの、基本的には自分で道を切り拓いていくしかないようだった。いったいどうなるんだろう。

 ※のちに、「ステップファミリー」という単語が、若干自分の知りたいことやニーズに合っていることを知る。しかし、それもほとんどのケースで、再婚し、同居し、新しい父母になることが前提だ。

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46判/224ページ
2020年3月下旬発売予定

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