単行本 - 日本文学

「仕事も家庭(?)もけものみち」!【試し読み】第3章『シングルファーザーの年下彼氏の 子ども2人と格闘しまくって考えた 「家族とは何なのか問題」のこと』

 夫に別れを告げ家を飛び出し、宿無し生活。どん底人生まっしぐらのなか、「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまく」り、その体験を綴った実録小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』がベストセラーになった書店員・菜々子。

 転職した本屋で出会った新しい彼氏は小学生男子2人の子持ち。付き合うって何? 血がつながってなくても家族になれる? 「子どもを持つつもりじゃなかった」彼女が格闘しまくる、感動の実録私小説第2弾。#シン家族

本作の試し読みとして「プロローグ」」をアップしたところ、大反響!!
試し読みの連載が決定しました。毎週水曜日アップ予定です。 

出会い系サイトで人生が動き出した菜々子の次の冒険をたっぷりお楽しみください。

 

本作がフルに読める!!シングルファーザーの年下彼氏の 子ども2人と格闘しまくって考えた 「家族とは何なのか問題」のことは3月下旬発売予定! 只今全国書店で予約受付中!!

第3章
仕事も家庭(?)もけものみち

 

謎の生きもの観察日記

 しかしながら、すべてにおいてためらいがちだった私の心に、あるひとつの、はっきりとした願望が芽生えていた。
「子どもたちと仲良くなりたい」
 思えばトンと付き合うようになってから、まだそんなに時間が経ったわけではない。本来ならばもっとラブラブでトンのことばかり考えている……という状態になってもよいところを、トンのことを考える代わりに、私はどうも子どもたちのことばかり考えている。
 彼らにまた会いたかったし、どうやったらもっと仲良くなれるのかをいつも思案していた。子どもとあまり関わらない、という選択肢だってあるはずなのに、どうしてそんなふうに思うのだろう?

  トンに好かれるため? →そういうことではない。
  トンと少しでも長く過ごしたいから? →少しはある。
  母親として子どもたちに認められたいから? →ないと思うけど。
  結婚したいのですか? →よくわかんなくなってきた。
  子どもという未知な生きものが面白いから? →それかな?

「子どもは欲しくないし、子どものいない人生になるのだろうな」と思っていたのにまさかこういうパターンがあったかあ、と他人事ひとごとのように思う。けれど実際のところ、巻き込まれているのではなく、自分から好きで首を突っ込んでいるともいえるのだろう。このなんだかよくわからない状況の圧倒的な面白さだけが自分を突き動かしている。見たことのない景色、望んでは見ることのない景色。全貌をつかむことのできない「子ども」という生きものへの尽きない興味が、熱のように身体の中にこもっている。

 でも、それを「旅」のように楽しんでいることはあまりにも身勝手で、「彼ら3人を傷つけることになるんじゃないか?」と罪悪感のような気持ちが絶えず押し寄せてくるのも確かだ。
 仲良くなりすぎたらよくないんじゃないか? 引き返せるの?
 いつか引き返すことになるのが前提なら、裏切りなんじゃないか?
 私は「お母さん」になるべきなの?
 そんなふうに常にぐだぐだ悩み続けてしまう自分も嫌だった。もっと明るく爽やかに生きていたいのに。

 10代の頃から好きな小説のひとつに江國香織えくにかおりの『落下する夕方』という本がある。その中の華子はなこという登場人物は、自分が憧れる生き方のひとつの像だ。無責任でわがままで不思議ちゃん。風来坊でまわりに迷惑をかけまくるけど、消えてしまいそうなあやうさがあって、小学生の男子にさえモテている。華子は人に説教したり何かを押し付けたりご機嫌を取ろうとしたりはしないだろう。華子だったら、この2人にどう接するだろう、と考える。私もそんなふうでありたい、と思っている華子をひとまず心の中でモデルにしてみる。
 ただ、作中の華子は結局すべてから逃げて逃げて、逃げ切れずに最後は自殺してしまうのだが。

 

○月○日
 また彼らの家に遊びに行く。いつもどおりごはんをいっしょに食べて、そのあと4人でマリオカートをした。前よりもちょっと仲良くなれた気がする。マルちゃんがお気に入りの動画を見せてくれた。怪談もののようだ。
「どう? 面白い?」と聞かれて「うん」と答えたがそのリアクションの薄さが気に入らなかったようで「もういいよ!」と怒られた。これからはもっと大げさにリアクションしよう。
 でも何かを見せてくれたりするっていうのはいいな。

○月○日
 みんなで近所の和風ファミレスに行く。最近流行っている遊び(?)がある。
 ミナトやマルちゃんが私とトンを笑わせようとして変顔をしたりつまらないダジャレを言ったとき、私たち大人はちょっと目を見開いて完全な無表情で対応する。そうすると2人ともそれを崩そうと躍起になってさらに変な踊りをつけたり、変顔をさらにバージョンアップさせたりしてくる。
 私はけっこう途中でこらえきれなくなって笑ってしまうのだが、ファミレスにいるあいだずっとその遊びをしていた。

○月○日
 最近、家にいるとき、ミナトが変な鼻歌を歌っていることがある。わざと聞かせているとかじゃなく、ほんとうにひとりで自然に歌っているような雰囲気。それだけリラックスしてくれるようになったのかなあと思うとうれしい。でもマルちゃんが「ミナトうるせえ! ミナト歌やめろきもち悪いんだよ歌うなバーカ! うぜーうぜーうぜー!」としつこく絡んでまた殴り合いになっていた。

○月○日
 この家の人たちは洗ってあるコップがなくなると何の迷いもなくお味噌汁のお椀で炭酸飲料を飲む。それは当たり前のことのようだ。無法地帯のようだがよく観察していると、お味噌汁のお椀はためらいなく使うが、ごはんを食べる茶碗で飲んでいるのは見たことがない。もしかしたら「液体を入れる容器だからOK」という見解なのかも……。この件に関しては引き続き調査を進めることにする。

○月○日
 最近ミナトとトンと3人で麻雀するのが流行っている。もちろんマルちゃんも仲間に入れようとして、特別ルールを作ったりしたのだがやはり集中力が続かないようで離脱。ちなみに通常の3人麻雀用のルールではなく、何も抜かないし牌も最後まで引ける超インフレルールなので、上がりが多くて楽しい。
 ミナトは自分が上がれないときも局が終わるたびに必ず自分のパイを開いて、「これを待ってたんだけど、これが来なくて、で、最初にこっちが来たから、これを捨てて……」と自分のゲーム状況を報告する。なんだかよくわからないがかわいい。

 トンとミナトと3人で遊んでばかりでマルちゃんと遊ばないというのもよくないので、麻雀が終わると「次はマルちゃんと遊ぼうかな」と声をかけるようにしている。すると今マルちゃんがハマっているゲーム「マインクラフト」をいっしょにやろうということになり、自分も2Pのコントローラを持つが、マルちゃんの説明だけでは操作方法などが十分に理解できず、遊ぶのが難しい。
 ただ、マルちゃんの家来となってマルちゃんを王とあがめてついて行くとよろこんでもらえるので、もっぱら家来役に専念する。かろうじてできるようになったのは、マルちゃんが作った小屋のまわりに花を植えまくること。

○月○日
 マルちゃんの誕生日、ということで、最近のお気に入りであるマインクラフトのものなら間違いないだろうと考え攻略本を2冊プレゼントしたら「なんでだよ! 蒲焼さん太郎(1枚10円の駄菓子)がよかった!」とキレられた。しょんぼりだが、子どもはうれしくもないのにうれしいとか言ったりはしないのだなと新鮮な気分だ。いつもはこういうときは様子を見ているミナトが「いいじゃん、ほら、これとか面白そうだよ」と本を手に取りページを開いてフォローしてくれたのがみた。

○月○日
 とにかく2人は呼吸をするように意味なく「ちんこ」「ちんこ」と連呼している。ちんこに関する替え歌のレパートリーも多く、何でもちんこの歌にアレンジして歌っている。そして自分で言って自分でウケている。長い棒状のものがあれば必ず股間にあて、そのたびにゲラゲラ笑っている。
 これってどういう対応が求められてるのだろうなあ、と考え込んでしまう。笑うところ? 怒るところ? とりあえず状況に応じてウケたりツッコミを入れたりするようにしているが、私が怒ったり嫌がったりする大人なのか、許されているのかを彼らなりに確認しているのだろうか。
 とりあえず許されているということがわかると彼らはいきいきとし、止まらなくなって狂ったようにちんこちんこと連呼し続ける。何を言っても「ちんこ!」と返事する。
「いや、ちんこはいいんだけど、さすがに言い過ぎじゃない? 1日500回は言ってるよ」と私も言うし、
「そう。もうしつこい! 面白くない!」とトンもたしなめるのだが、そうするとまるでちんこじゃなければいいんですねと揚げ足を取るように、
「ミナトのキンタマは70センチ!」
「キンタマ! キンタマ! キンタマ〜70センチ〜」
 と叫びながらソファのまわりを謎の振り付けとともに飛び回るのだった。
 なんなんだろう、小学生男子って。どうして男性器の呼称を叫ぶことがこんなにも楽しいのだろう。でも彼らの異常なほどのはしゃぎっぷりはほんとうに私が人生ではじめて見るもので、彼らがすごく楽しそうなのでよかった。

 

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