単行本 - 外国文学

スペイン語圏を代表する作家フリオ・リャマサーレスの自選短篇集が発売!——『リャマサーレス』短篇集「訳者あとがき」公開 - 2ページ目

 その妻も二人の息子を失った上に、人影の消えた村での暮らしに耐え切れなくなり、放置された粉挽き小屋で首をつって死ぬ。あとに残された主人公は、廃村で犬とともに露命を繫ぐが、残されたものといえば死の訪れを待つことだけだった。そんなある日、主人公は毒蛇に嚙まれ生死の境をさまようが、その頃から彼の前に祖父母や両親、幼くして亡くなった娘など、あの世へ旅立った人たちが姿を現すようになる。また、彼にとってかけがえのない唯一の友である犬の影が、死を象徴するポプラの枯葉色に染まっていることに気がつく。いずれこの時が来るだろうと覚悟を決めていた主人公は、そのために大切にとっておいた最後の銃弾で犬を撃ち殺して、死者たちのもとへ送ってやり、自身もベッドに横たわって死の訪れを待つ、という衝撃的なストーリーである。
 この作品には、死が深々とした影を落としていて、言いようもなく深い悲しみがたたえられている。しかし一方で、読者はその背後に隠された、哀切ではあるが透明な美しさを感じ取るにちがいない。雨のように降りしきるポプラの黄色い枯葉は、生命の衰微、消滅を暗示しているが、同時にそこには再生、新たな生まれ変わりも秘められていて、それがかけがえのないものとして読者に伝わってくる。この作品からは雨のように降りしきるポプラの枯葉が、作品全体を黄一色に染め上げているような印象を受ける。しかし、その背後にはもろく壊れやすいつかの間の命への挽歌だけでなく、生と死、そして再生のサイクルの中にある、はかないけれども同時に強靱な自然の生命力をいとおしむ、作者の希望を込めた眼差しが感じ取れるはずである。この小説は、まさしく詩人でなければ書けない哀しさと美しさが込められた、死と再生の物語なのである。
 この作品は、当初スペイン本国ではほとんど注目されず、何年もの間あまり評判にならなかった。しかし、やがてヨーロッパ全土、アメリカ、それに東欧諸国でも評価が高まり、次々に翻訳が出て、国際的に高く評価されるようになった。ぼくがこの小説に出会ったのは、思いもかけない偶然によるものだが、それについてはのちほど触れることにする。
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『黄色い雨』に関してはひとつ面白いエピソードがある。訳書が出て数年後、ある日ぼくのもとに昔の教え子から一通の手紙が送られてきた。差出人はW君となっていたが、ふだん手紙をやり取りしたことのない彼が、なぜ急に手紙を送ってきたのだろうと怪訝に思いつつ開いてみると、数枚の写真が出てきた。そこには、灌木と雑草に覆われ、半ば崩れ落ちた廃屋が何軒か写っていた。それを見て、なぜこのような写真を送ってくれたのだろうと不思議に思いつつ手紙を読んで、ぼくは衝撃を受けた。それによると、W君は『黄色い雨』の翻訳を読んで感銘を受け、どうしても小説に出てくるアイニエーリェ村を訪れてみたいという思いに駆られた。そこでまず、奥さんと友人二人を含めた総勢四人でドイツのフランクフルト経由でスペイン北部の町ビルバオまで行き、そこでレンタカーを借りてピレネー山脈を目指して車を走らせ、ついにアイニエーリェ村の近くまでたどり着いた。しかし、途中で車の通れない悪路になったために徒歩で近辺を探しまわって、ついにあの村を見つけ出したというのだ。「同封の写真は、その時に撮ったものです」と書かれてあったので、ぼくは慌てて写真をもう一度見直した。何とその中の一枚には手書きらしい文字でアイニエーリェ村と書かれた標識が写っていた。すると、数枚の写真に草や灌木が生い茂る中に半ば朽ち果てて倒壊した家が写っていたが、あれは村人たちが住んだ、いや、あの中の一軒がかつてこの小説の登場人物たちが住み、今では廃屋になっている家にちがいないと思い当たり、心が震えるような感動に襲われた。それにしても、『黄色い雨』という小説が、スペインからはるか遠く離れた極東の小さな国に住む読者を駆り立てて、はるばる小説の舞台になっているアイニエーリェ村まで引き寄せたというのは、奇跡のように思われた。このような写真を送ってくれたW君に感謝しつつ、同時に『黄色い雨』の翻訳に携われたのは何と幸せなことだろうとしみじみ感じた。
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